偽りの休暇と新しい出会い
特養で休暇がもらえず、元の職場の通所に戻って療養することになったわけですが、すぐに症状が良くなることなんてなかったです。でも、特養から離れることで今までのようにつらい思いをせずに済んだことは良い方向に向かうきっかけにはなりました。
3月に通所に戻った後、4月から地元で有名な急性期病院で25年間理学療法士をされていたベテランな方が就職してこられました。最初はこちらも構えていましたが、とっても気さくで優しい方で、色々と相談にも乗っていただきました。s活rビリk究所のこともよくご存じで、昼休みに僕が「関係障害論」という本を読んでいたら、「俺、その本書いた人の追っかけみたいなもんだから。」と著者の方についていろいろと教えてくれました。それはO氏とはまた違う視点から利用者さんをみるきっかけとなり、彼の利用者さんへのかかわり方を見ることで、すごく勉強になりました。「このままこの人と一緒に仕事していきたいなぁ」と思っていましたが、10月には特養に戻ることになりました。
戻りたくなくって色々言い訳をしましたが聞き入れてはもらえず、「元々向こうの人間で給料も向こうから出てるんだから。」とか、「こっちに3人も療法士おいたら経営的に難しいんだ。」とかいわれて、しぶしぶ戻ることになってしまいました。
特養に戻って
その頃特養では骨折事故が続いていて、何とかしないといけないということから医師と僕(作業療法士)で職員教育を行うことにしました。この時参考にしたのが「老人介護についての個人的HP」というサイトでした。今はもう存在しませんが、当時はすごい情報量でこのサイトで特養での作業療法士としての立ち位置が分かったような気がしました。(後の話ですが、僕が辞めた後このサイトを運営されていた方が外部講師として来られるようになったそうです。お会いしたかったですね…)
そんな講義をすることが始まりで特養に戻りましたが、今度は事務所に配属され事務長預かりということになりました。なんかたらい回しにされていた気分がしました。事務所なので事務員としても働く必要があり、電話応対や接客応対などをはじめ、備品管理、備品修理、建物管理、畑仕事など色々な仕事もしました。おかげで医師と看護師以外の仕事は全部わかるようになり、広く浅く大体のことは変わりができるようになってました。勤務も8時半から5時半で土日休みだったので生活リズムも安定し症状もかなり治まり、心療内科に通うことも辞めてしまいました。今思えばずっと通い続けていた方がよかったのかもしれません。